bibidebabidebuhuuuのblog

右も左もわからず始めたころの初期のごちゃ混ぜブログですが ヤフーブログ終了に伴い自分史として捨てがたく引っ越してまいりました。 折を見て整理していきたいと思います。

こちらに引っ越してまいります。

宜しくお願いします。

叔父の手作りをご馳走になり

義叔母の案内で叔父の畑を見に行くことに・・・



私は庭のグスベリの木の写真を撮っていて『早くしな!』と母に怒られた。

ゆっくり撮れなかったが懐かしい棘。

これがグスベリ~の木
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叔父の畑からは『春採湖』が見える。
ふきのとうがいっぱい!
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夕方の湖は美しい
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冬はこの春採湖でスケートをした。





私の中の故郷の景色はこれ
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義叔母と別れ・・・





釧路の叔母の車で4人でドライブした。


私が見たかった春採湖周辺

湖に突き出た小さな半島状の『チャランケチャシ』

中学生の頃『チャランケチャシの思い出』という歌を作ったくらいここが好きだった。
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『選炭場だけはそのまま残ってるんだよ~!』と叔母が教えてくれた先・・・
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私が暮らした炭鉱の町。


太平洋炭鉱は海の底を掘っていたんだよね~?
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ずり山の写真欲しいなぁ~~~。





そしてこの商店街は舗装されてしまったが

私が毎日遊んでいたあたりだ。
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はっきり覚えている。

『右に公園があるんだ~』と言うと母がちょっと驚いていた。


この郷愁。
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そしてどうしても行ってみたかったのが益浦海岸。

断崖絶壁を慎重に降りて海にたどり着くんだ~~~。

母は今でも『おっかなかったね~~~?』と言う。
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釧路は夏気温が低いので海はあまり行かれないけど

町内のレクでカレー作ってもらって食べたなぁ~。





叔母の家は益浦海岸のすぐ近くだった。
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叔母はお洒落でセンスがいい。


お家も素敵に飾られていた。
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そして第二段夜の部へ・・・。

釧路 懐かしの春採湖
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してあげたくてもしてあげられないこともある。

できないことを責めるもんじゃない。



無口な無口な・・・

変わり者と影で言われていたという

ふるさとの祖父が・・・

祖母をたしなめた言葉だという。



祖父母はもういないけど・・・



人に優しくありたいと向かう思いは

祖父から母へ

母から自分へと・・・

受け継がれてきたんだ。



誤解を恐れたら本当の優しさを見失う。

言い訳はしない。

思いやる心絶やさずいたい。

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